正確な極軸合わせの方法

星空の観望目的でしたら、簡易な極軸合わせで問題ありませんが、 長時間露出を必要とする天体写真の際は、正確な極軸を合わせが必須です。 このページでは、赤道儀の極軸の合わせ方について、数値を用いながら少し詳しく説明しています。


極軸合わせの必要性

星は、天の北極を中心として日周運動しています。 星を望遠鏡の視野に入れてそのまま覗いていると、星が視野から外れていってしまいます。 星の天空上の動きを追尾して、見かけ上、星が止まって見えるようにするために考案された機器が赤道儀です。

赤道儀(ドイツ式)には、赤経と赤緯という二つの軸があります。 この中で特に赤経軸は重要で、赤経軸(=赤道儀の極軸)を天の北極に正確に向ければ、 赤経軸のみを回転させて正確に星を追尾できるようになります。

もし実際の天の北極と赤道儀の極軸の方向がずれていると、星が、徐々に天体望遠鏡の視野から外れていってしまうことになります。 極軸のズレは、天体写真撮影では、写野が回転して星が点に写らない原因となります。 星を点像に写すためには、正確に極軸を合わせて、写真撮影に挑むことが必要となります。


北極星の位置

北半球で極軸合わせをするときには、北極星がよい目安星になります。 北極星は、一般的には、真北と考えてもよいほど正確に北の方向を指し示していますが、 拡大すると、実際には天の北極から少しだけ(0.6度ほど)ずれてしまっています。 つまり、北極星も天の北極を中心に日周運動をしているのです。 北極星が天の北極と完全に一致していれば、極軸合わせも簡単だったのに・・・残念なことです。

天文ファンの間では「りゅう座のドゥバンは、大昔は北極星だった」というのは有名な話ですが、 この図を見ると紀元前2000年頃は、確かに天の北極はドゥバンの近くに位置していたようです。 現在から1万年以上も先になると、こと座のベガが北極星になりそうです。 ベガが北極星になれば、明るくて見つけやすそうですね。 これは地球の歳差運動によるものです。 長い年月で考えると、歳差というのは大きいものです。

極軸望遠鏡の視野


極軸望遠鏡

最近の赤道儀には、必ずと言っていいほど、極軸を合わせるためのツール「極軸望遠鏡」が取り付けられています。 メーカ−や機種によって機能に違いがあるものの、極軸望遠鏡を覗くと導入を支援するスケールは、おおよそ下図のように見えます。 このスケール上に北極星を導入することにより、極軸望遠鏡の中心と、天の北極をほぼ正確に合わせることができます。

極軸望遠鏡の視野

最近の赤道儀に設置されている極軸望遠鏡は、下の写真のように、極軸望遠鏡の周りに取り付けられた回転メモリの日付と時間、 それに観測場所の経度を合わせれば、北極星を導入する位置を指し示してくれるものがほとんどです。 この場合は時角計算は必要有りませんが、知識として知っておくと、より的確に極軸を追い込むことができるでしょう。

極軸望遠鏡

なお、正確な極軸合わせに必要な観測地の経度は、カーナビのロケーション機能を使って調べると簡単でよいでしょう。 インターネットが使える環境であれば、住所から経度と緯度を示してくれる便利なサイトもあります (例えばこちら)。


北極星の導入位置

極軸を正確に合わせるには、現在の北極星の位置を知る必要があります。 しかし、北極星は 冒頭にも書いた通り、天の北極から少しずれていますので、北極星も天の北極を中心として回っているわけです。 従って、現在の北極星がどの方向にどれだけずれているのかわからないことには、正確な極軸合わせができないことになります。 ここでは、少し面倒ですが、時角を計算することによって、北極星の正確な位置を求めてみましょう。


時角とは?

時角とは、天の北極から天頂を通る線「子午線」からの星の見掛けの角度のことです。 下に簡単な図を書いてみました。北天を見た時の図です。 この図ですと、現在の星の位置は「時角3時」といったところでしょうか。(注:15度=1時換算です)

北極星の時角

恒星時とは?

時角を計算するにあたって「恒星時」という言葉がよく出てきます。 天文計算書でもよく目にする言葉です。恒星時とは何を指しているのでしょうか。

地球上の地図の経度は、グリニッジを基準点として定められています。 それと同じように、天球にも基準点が設けられ、そこからの角度で星の位置が定められています。 その基準点として選ばれているのが、春分の日に太陽がいる方向「春分点」です。 この方向を0時として東周りに24時まで表したものが「赤経」です。

ちなみに赤緯は、地球の緯度が赤道を基準に北緯と南緯で表されているように、 天の赤道(地球の赤道を天に投影したもの)を0度として北にプラス90度、南にマイナス90度まで角度表記されています。

「恒星時」とはその春分点までの時角のことです。特に観測点が経度0度の地点であったとき、 恒星時はグリニッジ恒星時と呼ばれ、天文計算によく使われています。

説明がわかりにくい場合は、 星座早見版をお持ちなら、春分点(天の赤道と黄道が交差する点)が載っていると思いますので、 見比べるとわかりやすいと思います


時角と恒星時の関係

経度λの地点での恒星時θは、グリニッジ恒星時をSとすると

θ=S+λ

となります。ある天体の赤経をαとすると、この天体の時角tは

t=θーα

で表され、時角は恒星時から赤経を引いた値であることがわかります。


世界時とは?

天体関係の本を見ると、撮影時刻が「UT」「UTC」というように表記されるていることがあります。 これらがいわゆる世界時で「日本時=世界時+9時」で換算できます。 細かく考察すると、力学時とか協定時など多少ズレがあるようですが、 普段はこの換算で大丈夫だと思います。


北極星の時角計算

前置きが長くなりましたが、北極星の時角を求めてみましょう。

計算に先立ち、調べておく必要がある値があります。 それは、計算する日のグリニッジ恒星時の値と北極星の赤経値です。 天文年鑑等に載っているので調べておきましょう。

ここでは2004年4月1日20時(観測点は経度135度)の北極星の時角を求めてみます。

2004年4月1日の世界時0時のグリニッジ恒星時(グリニッジ視恒星時)の値は
  So=12h34.82m
です。また北極星の赤経は
  α=02h37.00m
となっています(これはあまりずれないので、その年中はこの値で大丈夫だと思います)。

日本時T=20時の経度0度においての恒星時Stは
St=So+1.002738×(Tー9h)(※0.002738倍は時間補正値です)
  =12h34.82m+1.002738×11h
  =12h34.82m+11h1.80708m
  =23h36.62708m
となります。

経度135度の地点での日本時20時の恒星時θは、上の式「θ=S+λ」より
θ=St+135度
 =23h36.62708m+135/15h
 =23h36.62708m+9h
 =32h36.62708m
となり、24時を越えていますので、値から24時を引くと
 θ=8h36.62708m
となります。

北極星の時角tは「t=θーα」の式より
t=θーα
 =8h36.62708mー2h37.00m
 =5h59.62708m
となります。あまり細かくても仕方がないので、時分秒単位に四捨五入して換算すると時角は「5h59m38s」となります。

2004年4月1日20時 経度135度地点での北極星の時角は「5h59m38s」となります。やっと求まりました、フゥ・・。


北極星の導入

2004年4月1日20時の北極星の正確な時角が求まりました。 いよいよ北極星を極軸望遠鏡(以下:極望)に導入してみましょう。

まず注意しなくてはいけない点は、極望のスケールの水平出しです。 いくら正確に北極星の位置を調べても、極望の十字線が正確に水平出しされていないと意味がありません。

赤道儀の機種によって方法は異なりますが、台座の水平出しが必要な場合は、まず三脚を水平に設置して十字線を水平に保ちましょう。 リングレベルで水平を取る場合は、三脚の水平出しは必要ありませんが、赤道儀のバランスを取る上でも、架台はなるべく水平に設置しましょう。

水平出しができれば、後は求めた時角に対応する極望の目盛り上に、北極星を導入するだけです。 ただここで気をつけないといけないのは、極望は望遠鏡ですので、倒立像になることです。 ですので、一番下の線が0時に該当し反時計回りに6時、12時となりますので気をつけましょう(下図参照)。

また、冒頭でも書いた通り、歳差がありますので、年によって北極星を導入する位置が少しずつずれてきます(これからは北極星はだんだん天の北極に近くなります)。 下のスケールを例にとると、2000年の円より2015年の円の方が中になっています。 信頼できる望遠鏡メーカーの極望なら、歳差誤差の目盛りが付いていると思いますので、 それを目安に導入しましょう(目盛りが付いていない場合は、年が経つ毎に少し中心よりに導入するとよいと思います)。

極軸望遠鏡の視野

北極星を時角「5h59m38s」の位置に導入してみました。 2004年なので、2000年の歳差目盛りより少し内寄りに導入しています。 このように北極星を極望スケールに導入すれば、正確な極軸合わせができ、星を正確に追尾してくれるはずです。 計算が面倒ですが、慣れれば結構楽しい(?)ものです。 最近の極望は時間と場所を合わせれば、導入先を案内してくれる便利な機種も多いですが、 一度確認の意味を込めて、計算で試されてみてはいかがでしょう。


正確に合わしても極軸がずれる原因

どんなに正確に合わせても極軸がずれてしまうことがあります。 その原因はいくつかあると思いますが、ここでは思いつくものを書いておきます。

極軸望遠鏡の偏心

よく言われることですが、極軸望遠鏡をメーカーが取り付ける時に、偏心ができてしまうことがあります。 極軸望遠鏡が偏って取り付けられていると、赤道儀の赤経方向の回転軸と極軸の平行が保たれていないので、 極望を使ってどんなに正確に極軸を合わせても、正確に合うことはありません。

移動用の赤道儀の場合、誤差が全くないのは皆無に近いので、どの機種にも若干の偏心はあるものと思います。 ただあまりにも気になる場合は、メーカーに調整してもらうのがよいと思います。

極軸の偏心を調べる簡易的な方法は、遠くの鉄塔などの建造物を極軸望遠鏡の視野中心に入れて赤経軸を回してみることです。 偏心があれば、視野中心に入った建造物はズレながら回っていくはずです。

大気差による北極星の浮き上がり

低空の天体を見ると、大気がプリズムの役目をして星が浮き上がって見えてしまいます。 これが大気差による星の浮き上がりです。天頂付近は問題ないのですが、 低空は空気の層が厚くなっているので、大気差の影響は顕著に現れます。

北極星の高度が低い所では影響が出るかもしれません。35度の高度での大気差は、1分30秒角ほどと言われています。 長焦点で長時間撮影される方は、大気差を考慮に入れて極軸合わせをした方がよいかもしれません。

極軸望遠鏡のスケールがずれている

極軸望遠鏡の偏心問題とよく似ていますが、早見型の極軸望遠鏡が内蔵されている赤道儀の場合、 この極望のスケールや指示板が、回転方向にずれて取り付けられていることがあります。

実際、私のEM200赤道儀やSXD赤道儀も若干ずれていて、その分を勘案して北極星を導入しています。 もし何度合わせても極軸がずれてしまうようでしたら、垂直に立っている鉄塔などを視野に入れて、 極軸望遠鏡内に表示されているスケールの位置に誤差がないかを確認してみましょう。


極軸合わせののチェック法

極軸合わせをした後、正確に合っているかどうかは気になる点です。 簡単なチェック法としては、天の赤道付近の星を視野に入れて、追尾状況を確認するのが手軽な方法だと思います。 冬の時期ですと、オリオン座の三ツ星がちょうど天の赤道に位置しています。 この星の一つを天体望遠鏡の視野に入れてみましょう。

天の赤道付近は、星の赤経方向の移動量が最も大きいので、追尾状況のよい目安になります(ピリオティックモーションを測定するのにも適していると思います)。 極軸にずれがあると、赤緯方向に星が逃げて行きます。 星が南にずれると、東方向に極軸がずれていますので修正しましょう。

また、北東の南中前の星を視野に入れて確認すればより確実です。 北東に位置する星が、望遠鏡の視野内で北方向にずれれば極軸の設定高度が高すぎることになります。 少し面倒ですが確実に星を追尾したい時には、撮影前にチェックされてみてはいかがでしょう。


電子極軸望遠鏡の登場

極軸あわせと言えば、光学式の極軸望遠鏡を用いるのが当たり前でしたが、 2015年に電子極軸望遠鏡のPole Masterが登場して以来、新しい極軸合わせの方法が広まりつつあります。

Pole Masterは、小さなレンズが一体のCCDカメラと制御ソフトで構成されています。 カメラを赤道儀の回転部分に取り付け、北極星とその周囲の星をパソコン画面で表示させた後、 チュートリアルに従って赤道儀を回転させ、北極星を追い込んでいきます。

光学式と電子式を比べた場合、極軸合わせの精度は電子式の方が高いようです。 しかし、Pole MasterはWindowsが動くパソコン、もしくはタブレットがないとソフトウェアが動かないため、 極軸合わせができません。 今後、スマートフォンでも動くような電子極軸望遠鏡が登場すれば、もっと手軽に極軸合わせができるようになると思います。


以上、長々と極軸合わせについて書いてきました。ここまで読んで下さった方、ありがとうございます。 このページが何かのお役に立てればと幸いです(計算間違い、勘違いがあったらごめんなさい)。また、逐次内容を見直してい きますので、これからもよろしくお願いいたします。

参考文献: 天文年鑑2014年版