天体写真のあゆみと歴史

作者の作品 宇宙で輝く星雲や銀河、それに惑星等、夜空で輝く天体を写した写真を天体写真と呼んでいます。 宇宙も自然の一部ですから、天体写真は、ネイチャーフォトの一分野と言えます。

天体写真ファンの間で「天体写真は芸術写真か、科学写真か?」という話題が上ることがあります。 私は、どちらの側面も持っているのが天体写真だと感じています。 私自身は芸術作品の一つとして、天体写真と向き合っていきたいと思っています。

天体写真の始まり

写真機が開発されてまもなく、天体写真の歴史も始まりました。 当初、天体写真は、宇宙研究の一分野として発展してきました。

天文台に設置された巨大な天体望遠鏡と、 写真乾板を使って星を撮影し、その天体の位置を正確に測定することが、当時、天体写真を撮影する主な目的でした。 現在でも、すばる望遠鏡などで撮影されている写真は、こうした観測に主に用いられています。

観賞用天体写真の登場

リック天文台 写真感材(フィルム)の性能が向上するにつれ、美しい宇宙のカラー写真が、 主に海外の天文台から発表されるようになりました。

中でも、パロマー天文台やリック天文台で撮影された天体写真が有名です。 これらの写真集の中では、様々な宇宙の天体が紹介されていました。 美しく、迫力のある天文台の写真に刺激を受けて、天体の撮影をはじめた方も多いと思います。

この頃のアマチュアの撮影機材は、プロ(天文台)の機材と比べると本当に簡素なものでした。 天体写真撮影は、カメラレンズとモノクロフィルムを使った固定撮影や、 小型の赤道儀を使った簡易ガイド撮影が主な時代でした。 赤道儀も電動化されていなかったので、自分の手でギアを回して追尾が必要だった頃です。 この頃に、日本の天体写真界で活躍したのが藤井旭さんです。

モノクロからカラーへ

コニカGX3200フィルム その後、赤道儀の電動化が進みます。 発売開始当初は非常に高価だった赤道儀追尾用モーターも、技術革新と共に誰でも手に入れられる価格になりました。

価格が下がるにつれ、後付け設定(オプション設定)だった追尾用モーターが、 赤道儀の赤経軸に内蔵された製品も登場し始めました。

写真分野の世界では、カラーフィルムの性能がよくなり、 比較的容易にカラーの天体写真が撮れるようになりました。 さくらカラーSR1600、コニカGX3200など、超高感度のカラーフィルムが登場し、 天体写真はカラーの時代に入りました。

カラーフィルムの時代になっても、テクニカルパンを初めとしたモノクロフィルムは一部のマニアから注目されていました。 テクニカルパンは粒子が細かく、星雲のより細かいディテールを捉えることができたためです。 3色分解フィルターとテクニカルパンを使った、3色カラー合成手法も、 ベテラン天体写真の注目を集めました。

アマチュア天体写真の全盛期

彗星 高感度カラーフィルムが登場した頃が、日本のアマチュア天体写真の全盛期だったと言えるかもしれません。

日本経済がバブル景気をはじめとした経済の好循環に沸いている中、 日本各地に天体観測所が建設され、天体写真同好会もたくさん結成されました。

天文雑誌の誌面でも、様々な機材の特集が組まれました。 新しい天体望遠鏡や赤道儀が、色々なメーカーから数多く登場していた時代です。 ちょうどこの頃、ハレー彗星も地球に近づいていたので、天文活動は社会の注目の的でもありました。

また、日本の天文ファンが、オーストラリアをはじめとした南半球へ、 天体撮影目的で盛んに出かけるようになったのもこの頃です。 これはハレー彗星の回帰とも大きく関係しています。 この時のハレー彗星は、南半球の方が条件よく観察できたので、 旅行代理店では、ハレー彗星観測ツアーが数多く組まれました。

クオリティ重視の時代へ

ペンタックス125SDP 高感度フィルムの撮影が人気を集めていた頃、 冷却フィルムカメラを使った高クオリティの天体写真撮影が一部の天文ファンで人気を博していました。 ISO感度が100や50といったフィルムを使って、1時間以上も露出撮影する手法です。

フィルムを冷却するのは、相反則不軌によるフィルムの感度低下を防ぐためです。 冷却のため、カメラにドライアイスを入れてフィルムを低温に保っていました。

しばらくして、フジカラーからSuperGACE400というネガフィルムが登場します。 粒状性がよく、どの色の星雲もよく写るので、一気に天体写真ファンの間に広まりました。 今でもそうですが、よい製品が出ると、ファンの間で一気に広まるのが天体写真界の特徴です。

ポジフィルムの時代へ

ネガフィルムが主流だった天体写真界ですが、コダックからE100Sフィルムが登場した頃から、 ポジフィルムに人気が移り始めます。

コダックE100Sフィルムは、色彩度の高い透明感がある発色が特徴で、 増感特性も良かったので、またたく間に天体写真界のベストヒットフィルムとなりました。 雑誌のフォトコンテストのデーター欄が、このフィルム名で埋まったほどです。

ポジフィルムの台頭は、パソコンの発展とも関係があります。 パソコンの性能が向上し、スキャナを使って自分で画像処理できるようになったのがこの頃です。 スキャナとの相性は、ネガよりもポジフィルムの方が優れていたので、 ポジフィルムの利用者が増えたという背景もあります。

またこの頃、フジカラーのプリンター「ピクトロスタット(ピクトログラフィー)」を使った作品をよく見受けました。 家庭用ホームプリンターの性能がまだ不足していた背景もありますが、 この頃の天体写真ファンが、どれだけプリントのクォリティを気にしていたかがよくわかります。

オートガイダーの登場

オートガイダー 赤道儀の電動モーター化は進んだものの、長時間露光時の追尾誤差を修正するためには、 目視によるガイド補正がどうしても必要でした。

長時間撮影時のガイド補正は大変で、冬の寒い夜は手まで毛布にくるまって、 コントローラーのボタンを押していたものです。

しかし、それを解消する機器が1990年頃に登場しました。 スタトーラッカーと呼ばれた、オートガイダー「SBIG ST-4」です。 このSBIG社のST-4の登場によって、天体写真撮影はずっと楽になりました。

電子の眼がガイド監視してくれるので、従来よりもずっと長い露出時間での撮影も可能になり、 コダックE100Sを初めとする低感度フィルムを使った長時間撮影も容易になりました。

冷却CCDカメラの登場

冷却CCDカメラ 天文ファンがコダックE100Sフィルムで天体撮影を楽しんでいた頃、 天文学者が勤める天文台では、冷却CCDカメラと呼ばれるデジタルカメラを使った撮影が、 従来の写真用感材に取って代わりつつありました。

デジタル機材は銀塩フィルムに比べて感度の線形性がよく、測定や研究用途に適していたためです。

しばらくすると、その冷却CCDカメラがアマチュア天文ファン向けに製造・販売されるようになりました。 しかし、当時は価格が非常に高く、50万画素程度の冷却CCDカメラが、100万円を軽く超えていました。 そのため、デバイスとしては魅力的でも、一般的には手が出ない価格帯で、当時はほとんど見向きもされませんでした。

しかしこの後、冷却CCDカメラはどんどんラインナップを広げていきます。 上で紹介したST4オートガイダーもその一つです(オートガイド用ですが)。

このST4は爆発的にヒットしましたから、この機種から冷却CCDカメラの撮影を始めたという方も多いでしょう。 日本では、東京のOさんがいち早く冷却CCDカメラを使った撮影を紹介し、 LRGB合成法というカラー合成手法を発表しました。

デジタル一眼レフカメラの登場

デジタル一眼レフカメラ 今までのフィルム一眼レフに取って代わるデジタル一眼レフカメラが、2003年頃、一般用として発売開始されました。 ニコンD1の登場です。

この頃になると、冷却CCDカメラは、デジタル天体写真ファンの間で普及が進んでいました。 冷却CCDカメラの解像感の高い写真を雑誌のギャラリーなどで見て、デジタル一眼レフカメラに期待した人も多かったと思います。

しかし、登場した当初のデジタル一眼レフカメラは、長時間ノイズが非常に多く、 天体写真撮影用としては、全く使い物になりませんでした。

カメラ市場には次々と新しいデジタルカメラが登場し始め、 コンパクトフィルムカメラ市場は、コンパクトデジカメに取って代わる勢いでした。 その頃登場したのが、富士フイルムのデジタル一眼レフカメラ、FinePixS2Proです。

フジFinePixS2Proは、従来のデジタル一眼レフカメラと比べるとノイズが少なく、 天文ファンの間で人気を博しました。 露出時間が10分程度でも銀河の様子が写るので、天文雑誌などではこぞって特集を組み、 「天体写真が誰でも撮れるほど簡単になった」と書き綴りました。

見直される反射望遠鏡

ε160天体望遠鏡 銀塩フィルム全盛の頃は、イメージサークルが狭い反射望遠鏡は、星雲や銀河の撮影用としては人気がなく、 中判フィルムが使える高性能屈折望遠鏡が人気でした。

しかしデジタル一眼レフの台頭で、明るく色収差の発生しない反射望遠鏡に注目が集まりはじめました。 中でももっとも注目を集めたのが、タカハシ製作所のε-160望遠鏡です。 当時、生産は終了していましたが、中古市場の価格は一気に上がり、 あまりの人気で数量限定の再生産が行われたほどでした。

カメラの業界でもレンズのデジタル化が進んだのがこの頃です。 従来のレンズでは、デジタルの性能に追いつかないため、 どのメーカーからもデジタル対応をうたったレンズが登場しました。

また、デジタルカメラも続々と新製品が登場して、画像数が一気に増えていきました。 この頃、天体写真撮影用としては、ニコンD70とキヤノンEOSKissDが人気を博しました。

デジタル一眼レフカメラの改造が始まる

デジタル一眼レフのノイズが減り、天体写真への適性が高まりました。 しかし実際には、CCDチップ前面に搭載されているローパスフィルターが星雲の赤い光をカットしてしまい、 赤い星雲の写りは、天文ファンが満足できるものではありませんでした。

それを解消するため、デジタル一眼のローパスフィルターを取り除く改造サービスが、 各天体望遠鏡ショップで始まりました。 当初はフィルターを外すだけでしたが、後にいろいろな特性を持ったフィルターを組み込める用になりました。

高クォリティのデジタル天体写真

画像処理用パソコン 高感度フィルムの登場で天体写真が数分で撮影できるようになった後、 天体写真は高クォリティ化の時代を迎えて、低感度フィルムと長時間露出が主流になりました。

歴史は繰り返すのか、デジタル一眼レフカメラの登場で、数分で天体写真を撮影できるようになった後、 デジタル天体写真も、更にクォリティの高い作品を求める方向へと向かっています。

また、デジタル天体写真の作品自体も大きく変わってきました。 デジタル一眼レフカメラが登場した頃は、デジタル天体写真は、解像度は高いものの、 美しさという点では銀塩天体写真に見劣りがしました。 しかしデジタル機材の普及が進み、銀塩天体写真ファンがデジタル機材を導入し出した頃から、 様相は変わりました。

デジタル天体写真はよりなめらかに、かつ、色彩が美しくなりました。 デジタルの解像度と、アナログ時代の自然な諧調を兼ね備えた天体写真の登場です。

冷却CMOSカメラが登場

小型CMOSセンサーが搭載された天体用CMOSカメラがオートガイダー用として登場しました。 また、CMOSセンサーは動画撮影に好適だったので、惑星撮影用として広く使われるようになりました。

その後、センサーを冷却する機構を搭載した、冷却CMOSカメラが登場します。 発売当初は、冷却CCDカメラに比べてダイナミックレンジが狭く、アンプノイズが発生した冷却CMOSカメラでしたが、 徐々に改善され、2016年にZWO ASI1600MM-Coolが発売されてからは、星雲星団撮影に広く使われるようになりました。

2020年3月に、主だったCCDセンサーの生産終了が発表されて以降は、 冷却CMOSカメラが天体撮影のスタンダードになる勢いを見せています。

デジタル時代の現在

こうして天体写真は発達し、現在に至っています。

現在では、カメラと言えば、デジタルカメラを意味するようになりました。 現在、銀塩フィルムカメラをカメラショップで探すのは、大変なことでしょう。

また、デジタルカメラの画素数も増え続け、中型機でも2,000万画素を超えるモデルが標準となりました。 デジタルカメラが登場した頃は、考えられなかったことです。

天体写真はデジタルカメラで撮影された作品ばかりになりました。 これは天体写真に適したフィルムの生産が、続々と中止に追い込まれたためでもあります。

天体望遠鏡をはじめとする機材もデジタル対応が進み、より高性能になりました。 望遠鏡だけでなく赤道儀を始めとした周辺機材のデジタル対応も進み、リモート撮影できる個人用天文台も登場しています。 人気のデジタル一眼レフカメラも、最近ではよりノイズを減らすため、冷却改造されたモデルも販売されています。

天体写真のクオリティーを追い求める動きは、ますます盛んになっています。 作品作成時のコンポジットの枚数はどんどん増え、モザイク合成といった写野を合成する手法も一般的になってきました。 それにつれて、天体写真の画像処理方法も複雑化しています。

一方、デジタル一眼レフの高感度特性を生かして、風景と星空を一緒に撮る固定撮影(星景写真)の人気も高くなっています。 ポラリエをはじめとした様々なポータブル赤道儀も発売され、 こうした手軽な機器を利用して、星空撮影をより楽しもうという方も増えています。

これから天体写真はどこへ向かうのでしょう。 これからも天体撮影を楽しみつつ、天体写真の発展を見守っていきたいと思います。